教育者 Meets アーティスト 「斉藤 幹男×川田 由紀」第2話
日常の非日常体験 子どもが夢中になる瞬間
【教材開発や探求学習を支援する助成プログラム】に採択された訪問保育ひかりの保育士・川田由紀さんが、教材開発にあたって何組かのアーティストと出会い、対話を重ねていく行程を可視化する、という企画が生まれました。
その名も「教育者 meets アーティスト」(そのまんまですが)
今回のお相手は斉藤幹男さん。
アニメーションやCGなどを活用し、アナログ・デジタル双方の魅力を融合させた新たな創造性を映像、立体、平面などで展開されています。
こどもスナックmikioなど、子どもを対象にした作品やワークショップの経験もあることから、多岐にわたるお話が展開されました。
助成:札幌市(2025年度 札幌市文化芸術創造活動支援事業)
これから教材を新しく作りだすために、アイディアをだしていったりするんですか?
まあ、でも教材って一言でいっても、実際はすごく幅広く捉えてはいて。
なんかその最終的にイベントをやるとかでもいいですし、そんなに型にはまらず、っていう。
だから逆に言うと型にはまらないがゆえに、それが大変という側面もあるんですけど、「さて、どうしよう」みたいな。
へぇ~、でも面白いですね、ゴールがないっていうか、どういう形でも進んでいいっていうのは。
はい、そうですね。
ただ、そのプロセスはちょっと、今日みたいな形で可視化させていただいて。
実はそのプロセスが一番大事だと思っていたりもするので、正直結果はどうなってもいいんじゃないかなっていうのは、まあ、それは多分すごいアート的な感覚というか、経済とかの合理主義的な考え方からは、だいぶ離れていると思うのですけど。
「それで、どんな成果があったんですか?」みたいな考えからは。
僕も最近はちょっとそこから逃れられてやってきたのかなと思うんですけど、最初はやっぱり発表会みたいなものを必ず、そう、やらないと、なかなか先生たちは納得してくれないんですよね。
なるべくたくさんの子供が作品に参加しているというか、それもすごく大事だと思うんですけど、今はなんかそれもだいぶ変わってきたというか。
少数の子だけだったとしても、最終的に何かを作ったことの経験、そのプロセスとか、そこで生まれた関係性とかの方が大事だと思ってるんですけど、でも形がないとやっぱりそれらをいくら言葉にしても・・・とかっていうのは、ジレンマもめちゃくちゃあるんですね。
そうですよね、私も「3月までに教材の形にしましょう」となると、ドキドキしかなくなっちゃうんですけど。
なんだろうな、それが目標ではあるんですけども、本当に経過を大事にしてくれたので。
アートって数値とかで表せるものではないじゃないですか。
だから、ワクワク・・・
関わる大人も、もちろんワクワクしたいし、子供たちがどんなふうに楽しんでもらえるきっかけになるのかなっていうことを、すごく想像して今ワクワクしているというか。
何もできなくても大丈夫ですから(笑)
でも「これをやろうと思います」みたいなことが見つかったなら、その活動をこの先も、私たちはずっと追いかけ続けますから(笑)
こうやって、今回みたいに何組かのアーティストと今後も話していくんですか?
これがまず第一段階っていう話なんですよね。
そのあとにまた違う展開もあるんですか?
そうなんです、違う展開も考えていて。
あとは、その、こうやって対談をしていただいて、それがきっと川田さんだけではなくて、アーティストの方にとっても保育の専門家と対談する機会というのが、何かしらの気づきに繋がることもあるんじゃないかなとか思って、この対談自体を企画化してしまったっていうことがあります、はい。
でも、いいですよね。
こうやってお話ししていて、例えばさっき、いろんな子どもたちの成長度合いが違っていて、発達障害の子とかも認識されているじゃないですか。
僕が子供の時は、なんかそんな明確に分けてなくて、クラスに何かそういう感じの子もいたな、っていうくらいで。
そうですね、みんな一緒のクラスにいて。
今は小学校とかだと一教室が、そういう子のためのクラスになっていたりすることもあって。
なんか、このこどもスナックをやっていて、近くの小学校2つか3つぐらいから集まってきていて、普段会ったりとかしていない子たちなんですよね。
それで、このこどもスナックのママという子は、石狩の花川っていう、もうちょっとこう、住宅地がいっぱいあるところから来ていて厚田とは環境が違って、だから日曜日だけ会う子供たちの集まりなんですけど。
で、たまーにこう、なんかお父さんが不安そうな感じで、「いやぁ、うちの子を初めて連れて来て。実はうちの子、支援学級にいたんですよね」「あっ、そうなんですか」って。
でも、なんかこう遊んでる感じを見ていたら、別にわかんないんですよね。
そもそも学年も場所もみんなバラバラで、そのなかですごい仲良くやっていて、それが自然な感じに見えるんですけど。
ああ、でも日常に戻るとそうなのかって。
「こういう場所があるのが、すごくありがたいです」「いつでも連れてきてください」
みたいなやりとりがあって。
すごく、なんというか、保護者の方もお子さんもそうですけど、きっと嬉しかったんだな、と思います。
そうですね。
そのお父さんと僕はたぶん歳が近い感じがして、なんかすごくその精神的にちょっとしんどそうな感じだったから、こういう人が喜んでくれるのは、めっちゃ嬉しいなと思って。
それはなんか狙ってなかったというか、僕がもともとこどもスナックをやろうと思ったのは、本当に大人のスナックと同じ狙いというか、こういう場所があったら楽しいだろうなと思ってそれをやったただけなんですけど、なるほどなぁ、と思って。
すごくきっと安心できる場所だったのでは、それを狙ってはきっと・・・(斉藤さんが)狙っていなかったんじゃないと思いますけど、安心できる場所で、そして制限がないから、子どもがのびのびできたのかもですね。
きっとそうですね。
ただ、お酒をだしていないというだけで、やっていることはミラーボールはあるし、うす暗いし、おやつ食べ放題ですし。
それは全子どもが行きますよね。大人も行きたいくらい。食べ飲み放題っていいじゃないですか。
人狼ゲームとか、そのときどきで流行りがあるんですけど、なんか急に漫画コーナーができていて、ただ漫画を読んでいたりとか。
いいですねぇ。
私はママの輪カフェっていう、それこそすごい、なんていうか、双子がいて障害のあるお子さんがいて、とかってうたってはいないんですけど、みんなが安心できる空間っていうコンセプトで、うちはおやつは食べ放題じゃないですけど、飲み放題なんですよね。
ちょっといいハーブティーを出していたりしているんですけど、ちょっとコンセプト似てるなって思ったのと、安心できる場所・・・
さっきのこどもスナックの経験とかが・・・
おうちだとピーマン食べないけど、保育園の給食だと食べたりとか苦手なものが、手段とか環境が変わると、あと人が変わることでできるようになるっていうのが、いまお話を聞いた支援級にも行ってて、多分発達のデコボコがあるお子さんなんだけど、ここにいたらぱっと見気にならないみたいな感じのことって、なんかすごく可能性を感じたんですよね。
支援級に通っていないお子さんとかでも、感覚過敏のお子さん、それこそ布とかも「この服じゃなきゃ着れない」みたいなお子さんとかもいっぱいいらっしゃったりするんですよね。
だから、おうちだとあれかもしれないけど、みんなと一緒に何か触れるですとか、なにかすることで家でもできる。
まあ、それを狙っているわけではないですけれど、そんな嬉しい誤算もあるかもしれないなとすごく思いました。
安心の中でみんなで楽しむって、うん、どのお子さんにもね、保護者の方にもいいですよね。
川田さんが、保育の現場で今までに作られてきた子供たちの教材などは、どのようなものがあるのでしょうか。
保育の中で作っていたものですと、クリスマスとか、ひな祭りとかの行事は、ちょっと出来がいいものを持って帰ってもらっているんですよね。
普段の制作とかは、年齢によって違って、0歳だとなんだろうな。
指ぺったんとか手形とかで、1歳ぐらいになるとシールも入ってくる。
3歳くらいになると一回ハサミも切らせたい、とか。
ノリを何歳で使う?みたいなこともあり、そういう経験がありきの上でいろんなものを作ったりするんですけど。
私がやってみて、私自身が一番楽しかったのはパンツとシャツになって、教室を養生して、「絵の具を好きに塗っていいよ!」と言って、普段は紙とかにしか描いていないんですけど、「テーブルに描いてもいいよ!」っていう、むちゃくちゃなことをやったんですよ。
それはすごい!
けっこうダイナミックですね(笑)
その保育園でそれをやったのは、後にも先にもその1回だけなんですけど(笑)、みんなすごい喜んで。
そもそも、保育園っていう大きな括りのなかで見ると私は異端児になってしまうんですけど、どうしても枠の中に何かを書くっていうことが圧倒的に多いんですよね。
あとは大きな紙で絵を書く機会があっても、やっぱり何人かでやったら、「一人あたりはこのくらいのスペースかな」みたいな計算は考えるし、いざ、その先生の立場になると、考えてほしいとも思うわけです。
「1人でこんなに使ったら、あとのみんなはどうするのー?」
みたいになるはずなのが、「もう好きにやっていいよー!」みたいな。
後片付けも1人でやらなきゃいけないし、めちゃくちゃ大変だったんですけど、23人分の惨状を片付けるっていう。
でも、なんかそういうのがすごく楽しくて。
あぁ、それはいいですね~
あとは、私が子供の頃に、道路にチョークで絵を描くっていうことが凄く楽しかった記憶があって。
でも、今の子どもってそういう経験がある子は少ないんですよね。
なので、保育園のスロープにチョークで絵を描いたりして。
それも私がひとりで片付けることになるんですけど(笑)
「お雛様を作りました!」
みたいなことはずっとやっていたんですけど、そういうみんなでチョークで描くとかって経験は、ご飯の時間ギリギリまでみんな無心になっていて、そういう子どもたちの姿を見ると、やっぱり、あぁ、いいなぁって思っちゃうんですよね。
お雛様製作とかと違って残るものでは無いんだけど、残らないけど、そういう体験は記憶に・・・子ども達もずっと覚えていて、1年経っても子供たちは「先生、あのチョークのやつ楽しかったね」って言ってくれるんですよ。
製作と呼んでいいかわからないんですが、絵の具とチョークは私の中でナンバーワンで、楽しかったですね。
さっき仰っていた、紙に書かせるっていうのは小学校とかでもそうですよね。
紙からはみ出さないように、って。
そういう感覚が小学校における教育の基本だと思うんですけど。
でも、それを壁に描くとかってなると、(子どもたちの)エネルギーの出し方が全然違うというか。
それはすごいエネルギーだなと思ったりしますね。
そうですね。
「テーブルに(描いて)いいの!?」
って言った時の子どもの顔が忘れられないですし。
チョークのときは、私の想定以上にスロープに描かれてしまって、私の休憩時間が終わっても消えなくて(笑)
「あぁ~!すみません!!」って。
子どもたちは想定を越えてきますよね。
そうなんですよ。
その時に準備って大切なんだなって思ったのと、一人で全部やろうとしちゃダメだってことを学びました(笑)
そのあと、フリーランスになったときに「人と作り上げよう」と思って、自己犠牲で全部やってしまうとやっぱり続けられないと思ったんですよね。
でも、また考えて、あのキラキラした目に会えたら嬉しいなって思います。



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