教育者 Meets アーティスト 「斉藤 幹男×川田 由紀」第4話
制限と自由 当たり前の外にある表現に出会うこと
【教材開発や探求学習を支援する助成プログラム】に採択された訪問保育ひかりの保育士・川田由紀さんが、教材開発にあたって何組かのアーティストと出会い、対話を重ねていく行程を可視化する、という企画が生まれました。
その名も「教育者 meets アーティスト」(そのまんまですが)
今回のお相手は斉藤幹男さん。
アニメーションやCGなどを活用し、アナログ・デジタル双方の魅力を融合させた新たな創造性を映像、立体、平面などで展開されています。
こどもスナックmikioなど、子どもを対象にした作品やワークショップの経験もあることから、多岐にわたるお話が展開されました。
助成:札幌市(2025年度 札幌市文化芸術創造活動支援事業)
同じ世代だからわかると思うんですけど、「ちびまる子ちゃん」って一番最初の頃はちょっと意地悪だったり、毒舌だったり。
僕はそれが良いなと思っていたんですけど、いまのちびまる子ちゃんって少し違うように思うんですよね。
少しソフトになっているというか、優しくなっているというか。
当初はもっとバカにしあったりしていた気がするんですけど。
そういうのも今の風潮に合わせているのかなって思ったりもして。
そうですね、言葉選びはすごく難しいですけど、「みんな仲良く!」なんて、なかなかできないところはあって。
やっぱり合う人、合わない人っているじゃないですか。
子どもだからって、なんていうのかな、思ったことを言ってもよい社会にはなってほしいと思ったりはしますね。
誰かの顔色をうかがう必要があるときっていうのも、あるかもしれないですけど。
友達の子どもで、学校で全然喋らない子がいて、先生とかも心配しているみたいなんですけど。
会ってみたら、僕の感覚ではぜんぜん問題ないというか、別に静かでもいいじゃんって思ったり。
小学校でも、本を読んだり絵が好きな子がいたりとか、それが、一人一人が違っているのが当たり前というか、それで仲が悪くても一方的じゃないなら全然いいじゃんって思えたり。
どちらかが加害的なことをして、どっちかが一方的になっているとかですと別だと思いますけど、周りと波長が合わない子とかはいるじゃないですか。
そういう子が安心できる、自分らしくいられる時間を過ごせると良いですよね。
大人の世界でもできていないことを、子どもたちに押し付けているようにも見えて。
職員の先生も、みんな仲良し!だったりするわけでは、必ずしもないわけじゃないですか(笑)
ではもう少しで一応時間なので、最後になにか聞きたいことなどありましたらお願いいたします。
聞いてみたいことと言いますか、いや、もうすごいなんでしょう。
情報量が凄くて、ちょっと疲れたぐらいの感じはあります(笑)
いっぱい情報がありましたけど、幼少期の経験とか、これまでのいろんな生き方が職業とか、在り方につながってくるんだなぁ、っていうのをすごく感じて。
私はずっとなんでしょうね。大人から見ると、把握できない子どもだったんですよね。
うちの母親も、私に対して予想がつかない、って(笑)
想像つかないことをやる子っていうイメージで。
ギリギリの線を攻めるんですよ、自分はすごく自由でいたい、とにかく自由なことをやりたい。
それを、子どもたちに対しても、なんていうのかな、理解したい。
それが例えば理解できないことだったとしても、理解できないことを許容したい。
そういう表現の自由というか・・・自由な場所を保証したい、自由な表現や、自由な行動を保証したいんだなっていうのはすごく思いました。
そういった自由への想いというのは、ご自身が育った環境の影響とかもあったのでしょうか。
それはあるかもしれないですね。
倫理観を求められる場面も多かったので、そういう制限を感じていたからこそ、自分はそういうのを他人に求めたくない、みたいなところがあって。
大人になって、自由の獲得みたいなことを感じたことがあって、大人最高!みたいなことは思いました。
だから、フリーランスになったときも、やりたいことが自己責任でできる!っていう喜びは感じました。
でも、あくまでも枠は意識したうえで、そのうえでギリギリは攻めたいっていう感じなんですよね。
そうですね、ギリギリは攻めたいですね。
やっぱり、でも総合的な視点では考えますよね、誰かに怒られたくはないので(笑)
「この施設だったら、ここまでのことはできるかな?」
「養生をしっかりしたら、ここまではできるかな?」
っていうことは意識します。
僕は、攻めているという意識はなかったんですよ。
今までも。
その、「枠」というものを意識的に超えるつもりはなくて、ただ、どちらかというと周りの大人に気づかせたいというか。
周りにとっては攻めていると見えることでも、やってみたら
「あ、べつにこれでも良かったんじゃない?」みたいな。
今までダメって思っていただけで、「当たり前じゃないこと」をやったとしても、先生とかに大丈夫だったって思えたらいいな、と。
だから、なるべく寛容性を持ちたいというか。
ドイツの学校では、先生がベルをもっていて、子どもたちが疲れてきたなぁと思ったら先生がベルを鳴らして授業を終えるんですよね。
子どもたちの様子を観察しながら。
時間できっちり決めるんじゃなくて、そういう感じでもいいんじゃないかな、って思ったり。
そういうことってたくさんあると思うんですよね。
先生がやめ時を判断するって、すごいですね。
それではそろそろ時間なので、最後に川田さんからひとこといただけますでしょうか。
初めてアーティストの方とお話をさせていただいたんですよ。今日。
それで、なんていうのかなぁ・・・
視点とか考え方とかが凄くて、人がやらない発想って「こういうことなんだ!!」と思って。
すごい、なんだろうな、この今日の話だけで私の価値観が変わったような気がしますし、社会にメッセージを発信するという行動もとったことがないので、それも面白いことだなと感じました。
「すごいなぁ!」と「面白いなっ!」ていうことを、すごく感じた時間でした。
ありがとうございました。



コメント