ひらかれた対話の旅Vol.2「山と森と。ともに生きること、学ぶこと。」フレンド森のがっこう(浦河)

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ひらかれた対話の旅Vol.2

「山と森と。ともに生きること、学ぶこと。」フレンド森のがっこう(浦河)

アートや教育、子どもをめぐる場所を訪ね、声を聴き、想いを交わす。
「ひらかれた対話の旅」は、その一つひとつの出会いを記録し、
“人が学び、育ちあう場”の姿を見つめ直す、小さな旅の連続です。

助成:札幌市(2025年度 札幌市文化芸術創造活動支援事業)

森嶋 拓
Writer

北海道・日高地方に位置する浦河町。
南には太平洋が広がり、北には日高山脈へと続く豊かな自然が同居する、この町を訪れてきました。

今回の目的は、弊団体が主催したオルタナティブ教育☆サマースクールに参加してくださった伊原理事長が運営する「フレンド森のがっこう」と「浦河フレンド森のようちえん」を訪問すること。

同行者は、アーティストの Yoshinori Kikuzawa さん。
大工であり、ダンサーであり、旅人でもあり──そして、サマースクールの会場となった Sola Art Retreat の運営者でもあります。

森と人間社会のあいだにある学校

最初に伺ったのは、「浦河フレンド森のようちえん」。
設計は、札幌の照井康穂建築設計事務所によるもので、この建築はウッドデザイン賞や農林水産大臣賞、北海道赤レンガ建築賞などを受賞されているそうです。

窓が多く開放的な空間で、どこにいても外の天候や環境を自然と感じられるつくりになっています。
森での活動へと子どもたちをやさしく誘い、森と人間社会のあいだに立って両者をやわらかくつなぐような施設でした。

壁面が極めて少なく、ひらけた園内は、境界が“ない”とも言えるし、境界が“無数に存在している”とも言えます。
スロープや斜めの柱、移動できる棚など、子どもたちの創造性を刺激するものが随所に散りばめられていて。
ひとつづきの空間のなかに、小さな多様性があちこちに息づいているようでした。

この学校法人が大切にしている理念を、そのまま建築として体現しているように感じられました。

ここで、同行していた Yoshinori Kikuzawa さんがサプライズでダンスを披露することに。
実はKikuzawaさん、サマースクールの際に「子どもたちにアートの面白さを十分に伝えられなかった」と、悔しさを抱えていました。

今回のダンスでは、前回とはアプローチを大きく変えています。
「自分の表現世界へ子どもたちを誘い、なにかを感じてもらう」のではなく、
「自分の世界観を映しつつ、子どもたちと“対話しながら”場をつくる」方向へ。

もちろん、ここでいう“対話”は言葉ではありません。
ときにユーモアある動きで笑いを生み、ときにアクロバティックな動きで驚きを生み、
子どもたちの反応を丁寧に観察しながら、その場の空気をつむいでいく。
まさに“身体による対話”でした。

そのアプローチは大成功で、子どもたちからはアンコールの声が上がるほど。
ただ、サマースクールのときのアプローチにも、大人たちは感動を覚えていました。
どちらが正解ということではなく、ふたつの表現手法の間でゆらぎながら
環境や対象者にあわせて表現を調整し続ける、その姿勢そのものが大切なのだと。

そう強く感じさせられる出来事でした。

次に伺ったのは、オルタナティブスクールの「フレンド森のがっこう」。

ここでは、浦河から通っている小学生の他に、シンガポールから兄弟がちょうど留学していました。
森のようちえんも、森のがっこうも、それぞれ留学生を受け入れている「森のがっこう留学」という制度を取り入れており、年間100組が留学しにくるとのこと。
この日も自然な国際交流が生まれていました。

森のがっこうの校舎は、かつてはモンゴルのゲル(遊牧民の移動式住居)を使っていたそうですが、現在はビニールハウスに形を変えています。
中に入ると想像以上に広く、薪ストーブが焚かれていることもあって、ほっとするような温かさに包まれました。

ここでは、子どもたちが主体的に「今日やりたいこと」を自分たちで決め、何かトラブルが起きたときは話し合いで解決していくとのこと。
まさに自分で考え、場をつくっていく学びが日常として根付いていました。

伊原理事長いわく、ここでは「手を動かすこと」をとても大切にしているとのこと。
ノコギリや彫刻刀など、さまざまな道具がそろっていて、さらにそれらの道具で作られたと思われる造形作品があちこちに点在していました。
空間全体に、子どもたちのつくってきた時間の痕跡が感じられます。

そしてこの日は、大工でもある Kikuzawa さんがいたため、急遽ノコギリの使い方のレクチャーが始まるという一幕も。
子どもたちの興味に応じて、その場で学びが立ち上がっていくような、まさに森のがっこうらしい瞬間でした。

森のがっこうでは、森のようちえん以上に、森と深く関わりながら日々を過ごしています。
校舎の裏手には、子どもたちが遊ぶにはちょうど良い傾斜の山が広がっています。

この山で日常的に遊んでいる子どもたちの体力といったら、本当に驚くほどで(笑)。
体力に自信のある Kikuzawa さんでさえ、さすがに疲れていたほどでした。

文化芸術と教育に横たわる、同じ構造的課題

文化芸術と教育は、人類にとって必要不可欠な営みでありながら、
持続的に成立させることの難しさという共通の課題を抱えています。

まず教育現場は国家予算によって支えられていますが、使える予算は必要最低限にとどまり、
大胆な実験や未来への十分な投資ができるほどの潤沢さはありません。
国力の低下や少子化の影響も踏まえると、これまでのやり方のままでは、今後さらに困難が増していくことが予想されます。

 

さらに、教育を“義務教育や福祉”の枠内だけで支えようとすると、
主体性や創造性を育てるための挑戦が生まれにくいという別の問題が生じます。
学校には新しい試みに踏み出す余裕がほとんどなく、外部の人材に依頼するための予算も確保しづらい。

本来は「未来への投資」であるはずの行為が、実行に移しにくい構造になっています。

一方、文化芸術もまた、現在は “自走” が求められる時代に入っています。
助成金という制度は存在しますが、その性質上、継続的な資金源にはなりづらく、
作品販売においても、作家や作風によっては適さない場合があります。

そもそも芸術は、本質的に “持続性より創造性” を優先する領域です。
そのため、資金調達とのあいだにギャップが生まれやすく、
安定した仕組みづくりが難しいという構造的な課題を抱えています。

 

こうした現状のなかで、教育も文化芸術も、
限られた予算の中でやり繰りすることを余儀なくされ、
国や自治体の懐事情に左右される状況が続いています。

その結果、教育や文化芸術のような “未来への投資領域” は、
目の前の喫緊の課題の前に、どうしても後回しにされやすい
両者が共通して抱える構造的なジレンマが、ここにあります。

森のがっこうを運営している一般財団法人TyNiでは、補助金だけに頼るのではなく、寄付の受け入れや短期留学の受け入れなど、さまざまな方法を積極的に取り入れながら運営をされています。
特にオルタナティブスクールは、日本では存在として認知されつつあるものの無認可であるため、必要な予算を自分たちで確保しなければなりません。

芸術文化の側でも、こうした取り組みから学び、
もっと大胆に、そして柔軟に、新しい方法を取り入れていく可能性があるのかもしれません。

境界を横断し、行き来できる社会

学校教育のもうひとつの選択肢であるオルタナティブスクール。
森のがっこうでは、主体性、問題解決能力、対話力、共感力、そして基礎体力が大きく磨かれていました。

自分の考えを持つこと。
相手の意見に耳を傾けること。
身体で感じる力を養うこと。
このどれもが、これからの時代にこそ必要な能力だと思います。

一方の学校教育もまた、良いところはたくさんあります。
海外に行くとよくわかりますが、特に日本は国民の基礎学力と教養、そして社会性が高いと思います。
どちらが正解という訳ではない、だからこそ。

どちらにも自由に行き来できると、きっと子どもたちにとっては大きく世界が広がることになると思いました。
今でも、森のがっこうのように短期留学という仕組みがあったり。
学校教育も意外と寛容で、たまに来るということも受け入れてもらえるし、一時帰国のときだけ日本の学校に通うということもできるそうです。

学力の低下を心配する親御さんもいると思いますし、金銭的な問題も出てきますので、簡単では無いかもしれません。
でも、「可愛い子には旅をさせよ」というのは、昔から言われている大切な教育なのだと思います。

おわりに

伊原理事長は、子どもの力を徹底的に信じている。
その姿勢に強く心を打たれました。

「大人の方が考えが古いんだ、子どもはそのままで十分なんだ」と。
だから、余計な口出しはしない。

この考え方は、伊原さんが海外に移住された経験や、世界中を旅した背景が少なからず影響しているのだと思います。
海外では、これまで常識だと思い込んでいたものが、簡単に崩れたりします。
一方で、本当に大切なものはなにか、ということが自然と見えてくるのではないでしょうか。

私自身もこの活動を通して、最初は子どもたちになにかを与えようとしていたけど、
気がつけば、子どもたちは「すでにみんな持っている」、ということを思い知らされました。
むしろ、必要なのは大人の意識を少しだけ変えること。
そして世の中の空気を、少しだけ変えていくことなのだと。

子どもの人格と人権を尊重し、
ひとりひとりが動き出せる環境を整えてあげることなのかな、って。

まぁ、それが簡単ではないんですけどね(笑)

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