マネタイズのタネラボVol.2|「即興演劇・インプロ」を企業に届けた先で、何が見えたのか
インプロを企業へ届けた実践から考える 「マネタイズのタネラボ」は、アートと地域、企業、教育、福祉など、一つのテーマに焦点を当て、実践者の経験と参加者の問いを通して、その可能性を少人数で掘り下げていく場です。
今回のタネラボのポイント
- 01インプロとは何か
- 02すでに力を持った人たちが集まる
- 03「何でもできる」からこそ、見えてきた違い
インプロを企業へ届けた実践から考える
「マネタイズのタネラボ」は、アートと地域、企業、教育、福祉など、一つのテーマに焦点を当て、実践者の経験と参加者の問いを通して、その可能性を少人数で掘り下げていく場です。
第2回のテーマは、企業とアート。
ゲストには、即興演劇・インプロを企業研修として届ける会社を立ち上げ、さまざまな企業や組織との仕事を経験してきた森さんを迎えました。
企業には、文化芸術の現場とは異なる規模の予算があります。
では、アートの持つ価値を企業へ届けることができれば、新しい仕事や収益の回路をつくることができるのでしょうか。
今回は、実際に企業との仕事を事業として成立させた経験から、その可能性と難しさの両方を考えました。
インプロとは何か
インプロは、あらかじめ決められた台本に沿うのではなく、その場で相手から差し出された言葉や行動を受け取りながら、即興で場面をつくっていく表現です。
そこには、相手を受け入れること、自分で決めて動くこと、失敗を恐れず試すこと、変化に対応することなど、演劇以外の場にもつながる要素があります。
インプロの中には、正解のない状況で他者と関わりながら、その場をつくっていくための知恵があります。
こうしたインプロの考え方は、コミュニケーションやチームづくり、リーダーシップなど、企業や組織が抱えるテーマとも接点を持っていました。
とりわけコロナ禍では、多くの企業が急速にオンライン化し、それまで自然に行われていたコミュニケーションが難しくなります。
そこで、インプロの現場で培われてきた知見が、企業側の課題と重なりました。
すでに力を持った人たちが集まる
会社の立ち上げ方にも、ひとつの特徴がありました。
ゼロから人を集め、技術を身につけていったわけではありません。
もともとインプロを実践し、それぞれに経験や専門性、ネットワークを持っていたメンバーが集まり、共同経営に近い形でスタートしました。
一人ひとりがすでに持っていた経験やネットワークを持ち寄れたことが、立ち上がりの大きな推進力になりました。
企業との仕事も広がり、製薬会社、IT企業、行政機関、児童相談所など、さまざまな組織へ研修を届けていきます。
研修の価格も、文化芸術の現場から見ると決して小さなものではありませんでした。
案件によっては数十万円、大きなものでは100万円を超える規模になることもあったといいます。
企業には、確かにお金が動いている。
そして、アートを背景に持つ実践が、そこへ届く可能性もある。
そのことが、実際の経験として語られました。
「何でもできる」からこそ、見えてきた違い
一方、事業が進むにつれて難しさも見えてきます。
インプロは、コミュニケーション、創造性、チームビルディングなど、さまざまなテーマに応用できます。
しかし「いろいろなことができる」ということは、メンバーそれぞれがインプロを通して実現したいことも違う、ということでした。
創造性の高い企業をさらに創造的にしたい。
組織の風通しをよくしたい。
インプロを仕事にすることで、実践者が経済的に豊かになれる仕組みをつくりたい。
同じインプロを実践していても、「どこに自分の体重が乗っているのか」は、一人ひとり違っていました。
会社が順調に動いているときには、一つの方向へ進むことができます。
しかし事業が頭打ちになったり、それぞれが目指す方向の違いが見えてきたりすると、同じ看板の下で活動を続けることの難しさも生まれてきます。
同じ技術や関心を共有していても、「何のためにそれをやるのか」が違えば、組織の方向性は少しずつずれていきます。
最終的に会社は清算され、それぞれが別の道へ進むことになりました。
企業に伝わる言葉を持つ
対話の中では、企業と仕事をするための「言葉」についても話が広がりました。
アーティストが普段使っている言葉と、企業が意思決定するときに必要とする言葉は、必ずしも同じではありません。
企業側には、
「なぜこれをやるのか」
「何につながるのか」
「なぜこの金額なのか」
を組織の中で説明する必要があります。
自分たちの実践が何をもたらすのかを整理し、相手に伝わる形へ翻訳することは、企業との仕事をつくるうえで重要です。
一方で、企業に伝わる言葉を持つことと、企業が求めるものに自分たちを合わせ続けることは、同じではありません。
「伝わるようにすること」と「自分たちの核を変えてしまうこと」の境界を、どこに置くのか。
ここにも、企業とアートが関係をつくる難しさがあります。
売れることと、自分がやりたいこと
森さん自身にも、事業を続ける中で変化がありました。
企業から相談を受けたとき、本当にその人や組織に必要なのは、インプロではないかもしれない。
それでも「インプロの会社」と名乗っている以上、インプロを通して解決しようとする。
次第に、そのことに窮屈さを感じるようになったといいます。
そして振り返ってみると、自分にとって本当に中心にあったのは、インプロそのものではなく、教育や、一人ひとりの人間に関わることでした。
現在は、企業を相手にしたBtoBの仕事から、子どもや個人へより直接届けるBtoCの活動へと重心を移しています。
「仕事になる場所」と「自分が本当に届けたい場所」は、必ずしも同じではありません。
企業に届いた。
対価も生まれた。
評価もされた。
それでも、その先で「自分は何をしたいのか」という問いがなくなるわけではありません。
むしろ、実際にマネタイズしたからこそ、自分が本当にやりたいことが見えてくる場合もあります。
アーティストがもっと営業すれば解決するのか
後半の対話では、アーティストのセルフプロデュースについても話題になりました。
現在はSNSやインターネットを使い、個人でも以前より発信や営業がしやすくなっています。
それならば、アーティスト自身がもっと社会へ働きかければいいのでしょうか。
しかし、作品や表現を深めること自体にも、大きな時間とエネルギーが必要です。
アーティストが創作と営業、広報、事業設計のすべてを担えばよい、というだけでは解決しない問題があります。
では、プロデューサーと組めばいいのか。
そうすると今度は、一つの活動から二人分の収入を生み出す必要があります。
さらに、売れる人へ人材や資源を集中させていけば、既存の芸能プロダクションに近い構造になっていく可能性もあります。
もちろん、それが適している人もいるでしょう。
しかし、個人の努力だけではなく、アートを社会へ届ける仕組みそのものを考える必要があります。
企業とアートの間には、まだ距離がある
今回のタネラボでは、「企業と仕事をするための成功法則」が見つかったわけではありません。
むしろ、実際に企業との仕事を成立させた経験を聞いたからこそ、その難しさも具体的に見えてきました。
企業ごとに理念も文化も課題も違う。
アート側にも、それぞれ異なる活動の核がある。
企業とアートは、ただ「つなげればいい」わけではありません。
企業に伝わるように翻訳する必要はあるけれど、合わせすぎれば、自分たちが本当に大切にしていたものから離れてしまうこともある。
逆に、自分たちの言葉だけで活動していては、接点そのものが生まれないこともあります。
では、双方が無理なく関われる場所は、どこにあるのでしょうか。
正解のない場所で、目の前の人と向き合う
長く研修が続いた現場の一つとして、児童相談所での実践も紹介されました。
そこでインプロが伝えていたものは、単純なコミュニケーション技術だけではありませんでした。
人と関わる仕事には、いつも一つの正解があるわけではない。
だからこそ、
「正解はなく、いま目の前にいる人と、いまの自分で対話していくしかない」
という態度が大切になる。
企業や組織にアートを届けるというと、「どんな課題を解決できるのか」「どんな成果を生み出せるのか」という話になりがちです。
しかし今回の実践から見えてきたのは、それだけではありませんでした。
すぐに正解を出すのではなく、目の前にある状況を受け取り、試し、関係をつくり直していく。
アートの中に蓄積されてきた「態度」そのものが、社会と出会う可能性もあります。
答えではなく、実践を手渡す
今回の森さんの経験は、「こうすれば企業と仕事ができる」という完成された方法論ではありません。
企業との仕事が生まれたこと。
一定の対価を得られたこと。
仲間と会社を立ち上げたこと。
その中で方向性の違いが見えてきたこと。
会社を清算したこと。
そして、自分が本当に届けたい相手をもう一度見つめ直したこと。
成功した部分も、うまくいかなかった部分も含めて、一つの実践として手渡してもらいました。
受け取ったものは、参加者によって違います。
「自分の活動も企業へ届けられるかもしれない」と感じた人もいれば、「企業に合わせることと、自分の核を守ることのバランスはどこにあるのか」という問いを持った人もいました。
簡単な答えが出なかったことも含めて、今回のタネラボだったように思います。
アートと企業は、どうすれば無理なく、そしておもしろく出会うことができるのか。
その問いは、まだ続いています。
アートのマネタイズを考える一年間
問いを持ち寄り、対話を重ね、走りながら考える一年間。わかりやすい答えに急がず、途中の問いも記録していくプロジェクトです。


