実践哲学トーク Vol.1|アーティストは転校生!?学校にアーティストが20年間通い続けて、見えてきたこと
先生ではなく「転校生」として学校に入る。何日も同じ場所にいることで関係が育ち、やがて活動は地域へ残っていく。AISプランニングの20年以上の実践から、アートと社会の接続を考えました。
今回の実践哲学トークのポイント
- 01先生ではなく、「転校生」として学校に入る
- 02「何をしたか」より、関係が育つ時間をつくる
- 03活動を残すのではなく、地域に残っていくものをつくる
学校にアーティストを呼ぶ。
そう聞くと、特別授業やワークショップを思い浮かべる人も多いかもしれません。
しかし、一般社団法人AISプランニングが札幌を中心に20年以上続けてきた「アーティスト・イン・スクール」は、少し違います。
アーティストは先生として学校へ行くのではありません。
一定期間、学校へ通い、校内の一角にアトリエをつくる。
子どもたちは休み時間になると、気になればそこを覗きに来ます。
一緒に何かをつくることもある。
話をすることもある。
もちろん、来なくてもいい。
AISプランニングでは、そんなアーティストを「転校生」として学校へ迎えてきました。
「実践哲学トーク」Vol.1では、AISプランニングの小林亮太郎さんを迎え、長年続けてきたアーティスト・イン・スクールの実践について伺いました。
そこから見えてきたのは、芸術を学校へ届ける方法だけではありません。
異なる人が日常の中に入り、時間をともにすることで、人や場所の関係が少しずつ変わっていく。
そのためのさまざまな工夫と、20年間続けたからこそ見えてきたことがありました。
「先生」ではなく、「転校生」として入る
札幌で行われているアーティスト・イン・スクールには、いくつか特徴があります。
アーティストは「転校生」として学校へ入り、活動の中心になるのは授業ではなく、中休みや昼休みなど、学校生活の中にある「隙間」の時間です。
一日だけ訪れるのではなく、2〜3週間ほど学校へ通い続け、校内には制作や交流の拠点となるアトリエをつくります。
そこへ子どもたちが、自然にやってくる。
「みんな参加してください」と集めるのではありません。
何をしているのだろう、と覗いてみる。
気になったら話しかける。
一緒に作業をする。
忙しければ来ない。
参加するかどうかも、関わり方も、子ども自身に委ねられています。
実際の現場では、アーティストたちがアトリエをつくるために養生しているところへ子どもたちがやってきて、そのまま一緒に準備が始まることもあります。
まず活動を始めるのではなく、学校に慣れ、少しずつ子どもたちと話しながら関係をつくっていく。
そこから活動が始まります。
教える人と、教わる人ではない関係
なぜ「先生」ではなく、「転校生」なのでしょうか。
小林さんは、先生として入れば「知識や技術を持っている人が、それを子どもへ教える」という関係になりやすいと話します。
それに対して「転校生」という位置づけでは、少し違う関係が生まれます。
教える人と教わる人ではなく、
お互いに話したいことを話し、知りたいことを聞き合う。
子どもたちと距離は違っても、同じ場所にいる一人の人として関係をつくる。
低学年の子どもからすると、「大人だけれど、転校生だから友達」という感覚になることもあるそうです。
さらに小林さんは、子どもたちの周囲には、親や先生とは違う立場の大人と出会う機会が少なくなっているとも話しました。
アーティストは、何かを評価する人でも、正しい答えを教える人でもありません。
一人の大人として、自分の生き方や考え方を持っている。
そして子どもの話を、子どもだからと扱うのではなく、一人の人として聞く。
「こんな大人もいるんだ」と出会えること自体が、一つの経験になる。
「転校生」という言葉の奥には、そんな関係のつくり方があります。
一回の体験ではなく、関係をつくる時間
今回の対話で何度も浮かび上がったのが、時間の重要性でした。
一回だけ学校へ行き、授業やワークショップを行う場合、そこで評価されるのは、その日に提供されたプログラムになりやすくなります。
楽しかった。
面白かった。
作品ができた。
それも大切な価値です。
しかし、何日も同じ場所へ通っていると、少しずつ違うことが起こります。
最初は遠くから見ていた子どもが、数日後にやってくる。
何度も来るうちに名前を覚える。
先生と雑談するようになる。
学校の雰囲気がわかってくる。
小林さんは、一回だけ会う活動では「持っているものを渡して終わる」ため、コンテンツが評価されやすい一方、滞在する活動では、人と人との関係そのものが生まれていくと話しました。
「何をやったのか」だけではなく、「誰と、どんな関係が生まれたのか」。
アーティスト・イン・スクールでは、その時間もまた、活動の大切な部分になっています。
その関係は、子どもだけに生まれるわけではない
そして、アーティストが学校にいることで関係が生まれる相手は、子どもだけではありません。
小林さんの話の中には、先生たちがアーティストやコーディネーターのいる場所へやってきて、「ちょっと聞いてよ」と話をしていくというエピソードもありました。
学校の中では、それぞれに立場があります。
担任。
管理職。
同僚。
保護者との関係。
その中では話しにくいこともあります。
しかし、学校の評価や教育そのものに直接関わっていない外部の人だからこそ、話せることがある。
話したあと、「よし、また頑張ってきます」と仕事へ戻っていく先生もいるといいます。
小林さんは、子どもだけではなく、先生にとっても、利害関係のない人と話せる場所が学校の中に必要なのではないかと語りました。
アーティストが学校へ入ることで起きることは、必ずしも「芸術を体験すること」だけではない。
異なる立場の人がそこにいることによって、普段とは違う関係が生まれることもあります。
20年かけて、「よくわからない活動」が受け入れられてきた
現在では、アーティストが学校に滞在し、必ずしも明確な成果を最初から決めないという活動を理解してくれる学校も増えています。
しかし、最初からそうだったわけではありません。
活動を始めた頃は、「休み時間に何をするのか」「結局、何ができるのか」が伝わりにくかったため、先生たちにも想像しやすい活動から始めていたといいます。
そこから、少しずつ実践を重ねていきました。
関わった先生が別の学校へ異動する。
その先生から別の先生を紹介してもらう。
また新しい学校で実践する。
そうしたつながりを積み重ね、現在では学校へ公募を出すと、過去にアーティスト・イン・スクールを経験した先生がいることも珍しくなくなりました。
以前は説明し、お願いして入っていった活動が、20年後には学校側から手が挙がる活動へと変化してきたのです。
さらに現在は、「アーティストが来たからといって、必ず何かをしてくれなくてもいい」ということまで理解してくれる学校もあるといいます。
20年間で蓄積されたのは、事例だけではありません。
「アーティストがそこにいてもいい」という社会的な理解そのものが、少しずつ育ってきた。
そう見ることもできそうです。
学校に残すのではなく、地域に残す
長く活動してきたからこそ、見えてきた難しさもあります。
学校では先生が異動します。
数年間かけて活動への理解が深まっても、先生や校長が入れ替われば、学校の状況は変わります。
そんな経験を重ねる中で、小林さんが語ったのが、「その学校で続けたいのであれば、先生ではなく地域との関係が重要になる」ということでした。
かつて関わった学校では、地域の人たちと一緒に冬のお祭りをつくりました。
雪を使った空間をつくり、最後には冬の花火を上げる。
その取り組みは十数年経った現在も地域で続いており、いまでは、いつ誰が始めたのかさえ曖昧になっているそうです。
先生が変わっても、校長が変わっても、
「この地域では、冬になると子どもたちとこのお祭りをする」
というものとして残っている。
これは、とても興味深い継続の形です。
活動を主催し続けることだけが、継続ではない。
自分たちの手を離れ、地域の文化として残っていく。
20年間の実践から見えてきた、もう一つの持続可能性でした。
学校を「教育施設」だけとして見ない
小林さんの話では、学校という場所そのものへの見方も印象的でした。
体育館がある。
グラウンドがある。
図工室がある。
音楽室がある。
料理ができる設備もある。
そして、小学校一年生でも歩いて来られる範囲にある。
小林さんは学校を、地域にとって非常に可能性の高い複合的な場所として捉えています。
その背景には、北海道の地域で、学校自体が地域の集いの場になっていた経験もあります。
冬には保護者が集まってスケートリンクをつくる。
何かあれば学校へ集まる。
そうした場所としての学校を札幌でもつくれないか、という発想が、アーティスト・イン・スクールの背景にもありました。
学校を「子どもに教育を提供する場所」としてだけではなく、人が集まり、関係が生まれる地域の場所として見る。
そうすると、そこにアーティストがいる意味も、少し違って見えてきます。
関係をつくる仕事を、誰が担うのか
では、こうした関係は、アーティストが学校へ行けば自然に生まれるのでしょうか。
AISプランニングの活動では、基本的にアーティストが一人で学校へ入ることはなく、コーディネーターが一緒に現場へ入ります。
学校との調整だけを担当するのではありません。
アーティストと一緒に授業を見たり、子どもたちと関わったり、現場で起きていることを共有したりする。
その場に居続けながら、学校とアーティストの間に関係をつくっていきます。
また、活動によっては先生や保護者、地域の人、学生など、さまざまな人が関わります。
ここで見えてくるのは、「アーティストが何をするか」だけでは、この活動は成立しないということです。
異なる文化や立場を持つ人たちの間をつなぎ、その場で起きることを受け止めながら関係を育てていく。
コーディネーションもまた、この実践を支える重要な役割になっています。
成果として見えないものを、どう考えるのか
社会の中でアートの価値を説明しようとすると、私たちはつい、わかりやすい成果を求めます。
何人参加したのか。
何をつくったのか。
子どもたちがどう変わったのか。
もちろん、それらを確認することも必要です。
一方で、今回の話を聞いていると、それだけでは捉えにくい価値も見えてきます。
最初は来なかった子が、何日かしてアトリエへ来る。
親や先生とは違う大人と出会う。
先生が外部の人と話すことで、少し気持ちを整理する。
ある活動が十数年後、誰が始めたのかわからない地域の行事になっている。
こうした変化は、実施直後のアンケートだけでは測れないものです。
小林さんは、作品を完成させるために子どもたちがいるのではなく、アーティストと出会うことや、その過程そのものを理解してくれる学校と活動しているとも話しました。
何が完成したのかだけではなく、その途中で、どんな人と出会い、どんな関係が生まれたのか。
そこにも、アートの実践を考えるうえで大切な価値があります。
アーティストを決める前から始めてみる
20年間続いてきた活動は、現在も変化しています。
小林さんが最後に紹介した琴似中央小学校での新しい取り組みでは、これまでのように最初からアーティストを決めて学校へ連れていくのではありません。
まず、学校に一つの場所をつくる。
小林さん自身が定期的にそこへ通う。
子どもたちが来る。
興味のあるアーティストが来る。
保護者や、文化芸術に関心のある人も来る。
そして、「誰を呼ぶのか」というところから、その場所で一緒に考えてみる。
これまでのアーティスト・イン・スクールが「アーティストを学校へ滞在させる」活動だったとすれば、さらにその手前から始める試みです。
完成されたプログラムを学校へ持っていくのではなく、まず人が集まる場所をつくり、そこから何が生まれるのかを考えていく。
20年間続いてきた実践は、いまも新しい形を探しています。
SPARKPLUG ALLIANCEとして、この話から考えたこと
ここからは、小林さんの発言そのものではなく、今回の実践をSPARKPLUG ALLIANCEの視点から受け取って考えたことです。
私たちは「アートのマネタイズを考える一年間」の中で、アートの中にある価値を、どう社会と接続できるのかを考えています。
そのとき、つい、
「アーティストは何ができますか」
「社会のどんな課題を解決できますか」
という形で、アートの価値を説明したくなります。
しかし、今回の話は、少し違う可能性を示していました。
学校に入ったアーティストは、必ずしも先生でも、問題解決者でもありません。
何が起こるのかも、最初からすべて決まっているわけではない。
それでも、その人が一定期間そこにいることで、
子どもとの関係が生まれる。
先生との関係が生まれる。
保護者や地域との関係が生まれる。
そして時には、最初には想定していなかったものが残っていく。
もしかすると、アートを社会に接続するということは、アーティストに新しい「役割」を与えることだけではなく、役割が決まりきっていない人が社会の中に存在できる余白をつくることでもあるのかもしれません。
「アーティストは転校生」。
20年以上続いてきたこの実践には、学校とアートの関係だけではなく、異なる人を社会の中へどう迎え入れ、その違いから何かが生まれる時間をどうつくるのか。
そんな問いが含まれていました。
小林亮太郎|一般社団法人AISプランニング
アーティスト・イン・スクール事業のコーディネートをはじめ、アーティストと学校・地域・文化施設をつなぐ活動に携わる。さっぽろ天神山アートスタジオでは地域交流分野を担当。近年はアーティストの創作活動への伴走支援や、アーティストを支える人材の育成にも取り組んでいる。
アートのマネタイズを考える一年間
問いを持ち寄り、対話を重ね、走りながら考える一年間。わかりやすい答えに急がず、途中の問いも記録していくプロジェクトです。

