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03 ポテンシャルヒアリング Vol.7

丁寧に関係を紡いでいく、共創アートの価値の見つめ方

実施日 2026.08.06

今回のポテンシャルヒアリングでは、子どもや地域の人たちとともに作品をつくってきた、異なる分野の二人が対話しました。 一人は、美術を軸に、子どものためのアトリエを運営しながら、海外での親子参加型プロジェクトや、不登校の子どもたち、福祉施設の利用者との共同制作に取り組んでいます。

POINTS

この記録のポイント

  1. 01教える場所から、ともにつくる場所へ
  2. 02地域の言葉から、演劇をつくる
  3. 03何をつくるのか、先に決められない
ARTICLE本文

今回のポテンシャルヒアリングでは、子どもや地域の人たちとともに作品をつくってきた、異なる分野の二人が対話しました。

一人は、美術を軸に、子どものためのアトリエを運営しながら、海外での親子参加型プロジェクトや、不登校の子どもたち、福祉施設の利用者との共同制作に取り組んでいます。

もう一人は、脚本と演出を手がけながら、各地の芸術祭や公共施設、過疎地域などに滞在し、地域の子どもや住民とともに演劇作品をつくってきました。

活動の場所も表現の方法も異なります。
しかし話を重ねるなかで、二人が共通して見つめているものが浮かび上がりました。
それは、完成した作品だけでは捉えられない、人の心や関係性の小さな変化です。

実施日:2026年8月6日

教える場所から、ともにつくる場所へ

美術を軸に活動する参加者は、長年、子どもたちのためのアトリエを運営してきました。
子どもに表現を教えるだけではなく、自身も作家として、子どもと一緒に何かをつくりたい。そうした思いから、近年はアトリエという場所を越え、複数の人が関わるプロジェクト型の活動へと取り組みを広げています。

その一つが、日本の親子と海外の子どもたちが出会い、ともに絵を描く活動です。
海外の地域を訪れた際、子どもたちは、生活環境や文化の違いを大人ほど強く意識することなく、現地の子どもたちと自然に関わり始めました。

一方で、その姿を見た大人たちの側には、自分たちが考えてきた「豊かさ」や「教育」を問い直すような変化が生まれたといいます。

この活動は、経済的に厳しい環境にいる子どもたちを、一方的に支援するものではありません。
異なる環境に暮らす人たちが表現を通して出会い、その出会いを日本へ持ち帰ることで、参加した大人や子どもの価値観にも変化が生まれていく。そうした相互的な学びの場として続けられています。

現在は、不登校の子どもたちとの継続的な表現活動や、福祉施設の利用者との共同制作にも取り組んでいます。

地域の言葉から、演劇をつくる

演劇を軸に活動する参加者は、かつて自身の劇団を運営し、現在はフリーの脚本家・演出家として、各地を訪れながら活動しています。
芸術祭や公共施設から依頼を受け、地域に滞在し、そこで出会った子どもや住民とともに作品をつくってきました

その制作では、あらかじめ完成した台本を参加者へ渡すことは、ほとんどありません。
子どもたちと話し、遊び、言葉や動きを観察しながら、少しずつ台本をつくっていきます。
既成の台本を渡した途端、それまで生き生きとしていた子どもたちの表情が消えてしまった経験があったからです。

大人が用意した言葉を正確に話すのではなく、子ども自身の言葉や発想を作品のなかに残す。そのために、毎回の対話や遊びから素材を拾い、脚本へと編み直していきます。

子どもが活動に参加すると、その親が関わり、さらに家族や地域の人へ関係が広がることもあります。
一回の公演をつくることだけではなく、数か月間の制作を通して、地域のなかに新しい関係が生まれていくこと。それもまた、演劇が地域に入る意味の一つだと語られました。

何をつくるのか、先に決められない

二人に共通していたのは、「最初に完成形を決められない」ということでした。

美術を軸に活動する参加者は、不登校の子どもたちとのプロジェクトについて話しました。
依頼する側は、完成した作品や公演、展示など、目に見える成果物を期待することがあります。

しかし、実際に子どもたちと接してみると、まだ他者と一緒に何かをつくる段階ではないと感じることもあります。
その場合は、作品の完成を急ぐのではなく、まずは自分の感覚や気持ちを表現することに慣れる時間をつくります。

何度か顔を合わせ、その日の状態を見ながら、そのとき必要だと思うことを選んでいく。
来年になれば、誰かと一緒に作品をつくれるかもしれない。しかし、今はまだそこへ進まない方がよい。
共創の現場では、こうした判断が何度も求められます。

それは、事前に決めた計画を実行する仕事とは異なります。
相手の状態を観察しながら、ときには予定していた成果物を手放し、立ち止まることも含まれています

しかし、「何をつくるのですか」「どのような効果がありますか」と問われたとき、この方法は説明しにくくなります。
ゴールを明確にすれば伝わりやすくなる一方で、ゴールを決めすぎれば、その場で起きていることを見失ってしまうからです。

完成した作品だけでは伝わらないもの

美術の共同制作では、大きな布に絵を描いたり、即興的に色や形を重ねたりすることがあります。
制作している最中には、参加者の身体や表情に強いエネルギーが生まれます。

しかし、その場から完成した布だけを切り離して展示すると、制作中に起きていたことの多くが失われてしまいます。
完成物を見せながら、「参加者のエネルギーにあふれた作品です」と説明することはできます。
けれども、本当に大切だったのは、布そのものではなく、描いている最中の表情や、誰かと関わろうとした瞬間だったのではないか

演劇を軸に活動する参加者も、福祉施設に滞在し、利用者と共同制作を行った経験を語りました。
その際は、完成した作品だけでなく、制作中の映像もあわせて展示しました。
描いているときの姿や笑顔、長時間にわたるパフォーマンスを記録し、編集することで、その場で生まれていたものを、わずかでも伝えようとしたといいます。

共創の価値は、完成物だけに宿るとは限りません
むしろ、完成へ向かう途中で起きていたことにこそ、大きな意味がある場合があります。

人や場を、細かな目盛りで見つめる

対話の終盤では、二人の活動には、共通する「見方」があるのではないかという話になりました。
二人は、参加者の状態や場の空気を、非常に細かな目盛りで見ています

今日はどこまで進めるのか。
今はまだ、他者と一緒に何かをする段階ではないのか。
どの言葉を拾えば、その人自身の表現になるのか。
どこまで介入し、どこから待つのか。

外側から見れば、何も完成していないように見える時間にも、本人の内側では小さな変化が起きていることがあります
成果を大きな数字で測ろうとすると、そうした変化は見落とされます。

十から二十へ進んだのかという粗い目盛りではなく、十五から十五・三へ動いたことを見つけるような視点。
二人が見ているのは、まさにそのような変化でした。

活動の始まりと終わりで、参加者の顔が変わる。
表現のなかに何かがうまくはまり、それまで閉じていた人が、ふと開く瞬間がある。

その変化が起きる場所は一人ひとり違います。
だからこそ、決められたプログラムを全員へ同じように当てはめるのではなく、その人に応じて場を調整していく必要があります

プロセスを、どのように社会へ伝えるのか

共創の現場で起きる変化は、繊細で、言葉にしにくいものです。
しかし、言葉にできないままでは、活動を知らない人や、行政、企業、支援者へ価値を伝えることも難しくなります。

そこで対話では、写真や映像、参加者の言葉を残すことの重要性が話されました。

活動前と活動後に、参加者が何を感じていたのか。
数年後、その体験をどのように振り返るのか。

作家本人の説明だけでなく、参加した人の言葉から活動を語ることで、作家自身も気づいていなかった変化が見える可能性があります。

記録は、単なる広報のための素材ではありません。
その場限りで消えてしまう表情や関係性を、後から見つめ直すための手がかりになります
また、記録を積み重ねることで、目に見えにくい活動の価値を社会へ伝えるための土台にもなります。

一方で、現場を動かしながら、写真を撮り、映像を記録し、文章を書き、助成金を申請することを、一人ですべて担うのは困難です
活動の価値を伝えるためには、記録や編集そのものを、制作とは別の専門的な仕事として考える必要があります。

一人で抱えることの限界

美術を軸に活動する参加者は、これまで、アトリエの運営から作品制作、企画、申請、記録、広報まで、多くの仕事を一人で担ってきました。
美術の分野では、一人で制作することが長く当たり前になっていたため、誰かと役割を分担して作品をつくるという発想を、十分に持てていなかったといいます。

しかし、街のなかでパレードやパフォーマンスを行おうと考えると、音楽や身体表現、映像など、自分にはない技術が必要になります。
そこで初めて、足りないものを自分一人で身につけるのではなく、異なる表現者と一緒につくればよいのではないかと気づき始めました

演劇を軸に活動する参加者も、別の角度から「仲間」の難しさを語りました。
演劇は多くの人とつくる表現ですが、劇団を離れて一人で活動するようになると、継続的に作品をつくる仲間がいなくなります。

初対面の俳優を集めても、作品づくりに必要な共通言語を一から築かなければなりません。
信頼できるアシスタントと現場に入ることはできます。
しかし、報酬を支払う側と受け取る側という関係がある以上、完全に対等な立場で作品を考えることには難しさも残ります。

二人が求めていたのは、単に作業を手伝ってくれる人ではありませんでした。
同じ地平に立ち、互いの専門性を持ち寄りながら、一緒に考えられる仲間です

マネタイズは、好きなことを売ることなのか

対話は、活動とお金の関係にも及びました。

美術を軸に活動する参加者は、日々の生活を支えるためには、アトリエの生徒を増やしたり、行政の要望に合わせた分かりやすいワークショップを行ったりする方が、収入につながりやすいと話しました。

一方で、本当に時間を使いたい共同制作や海外での活動、福祉施設との制作は、収益になりにくく、場合によっては画材費まで自己負担しています。

本来なら最も心が動くはずの活動を前にしても、「この時間に別の仕事をすれば収入になる」と考えてしまう。
そのこと自体が苦しいと語られました。

ここで求められていたのは、好きな活動をすべて商品に変えることではありません。
生活への不安を減らし、創作や人との関係に向き合う時間を確保すること

価値が分からない段階から、無理に価格をつけるのではなく、活動を支える仕組みや、複数の人が利用できる資金の回路をつくること。
マネタイズという言葉の奥には、創作を続けるための余白を、どのように社会のなかにつくるかという問いがありました。

関係を紡ぐこと自体を、価値として見つめる

共創の活動では、最初から大きな成果が生まれるとは限りません。

誰かが初めて自分の言葉を話す。
他者と同じ場所にいられるようになる。
自分に合った表現方法を見つける。
子どもの変化を見た大人が、自分自身の価値観を問い直す。

そうした変化は、完成した作品の数や来場者数だけでは測れません。
しかし、その変化を丁寧に見つめている人がいます

人の状態や場の空気を読み、急いで完成へ向かわせるのではなく、その人が動き出せる瞬間を待つ。
共創アートの専門性は、特定の技法やプログラムだけではなく、この細やかな観察と判断のなかにも存在しています。

今回の対話の最後には、二人から「一緒に何かをやってみたい」という言葉が生まれました。
異なる分野で活動してきた二人が、それぞれの現場や方法を見せ合い、互いに足りないものを補い合う可能性が見え始めています。

丁寧に関係を紡ぐこと。
その途中で生まれる小さな変化を見逃さないこと
そして、その変化を記録し、社会へ伝えられる形へと整えていくこと。

共創アートの価値を見つめるとは、完成した作品を評価するだけではなく、作品が生まれるまでの人と人とのあいだに、どのような動きが起きていたのかを見つめることなのかもしれません。

PROJECT

アートのマネタイズを考える一年間

問いを持ち寄り、対話を重ね、走りながら考える一年間。わかりやすい答えに急がず、途中の問いも記録していくプロジェクトです。

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