ポテンシャルヒアリング・アーカイブVol.1|アートワーカーの語り場

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ポテンシャルヒアリング・アーカイブVol.1

アートワーカーの語り場

全国の「アートマネージャー/コーディネーター」による、少人数トークを実施した。

今回集まったのは、アーティスト・イン・レジデンス、芸術祭、文化施設、公共ホール、子どもを対象としたアート活動、地域プロジェクトなど、それぞれ異なる立場から長く文化芸術に関わってきた実践者・制作者・コーディネーターである。

具体的な収益事業や商品をすぐに考えるのではなく、まずはそれぞれの活動内容や、これまで現場で感じてきた課題を共有した。その中から、文化芸術の価値が、なぜ予算、報酬、契約、継続的な仕事へと結びつきにくいのかを考える時間となった。

参加者が扱っている芸術分野や活動規模は異なるものの、文化芸術を健全かつ持続可能な形で社会に残したいという問題意識には、多くの共通点があった

実施日:2026年7月13日

参加者:
Oさん(アートコーディネーター/アーティスト・イン・レジデンス運営)
Aさん(アートマネージャー)
Mさん(アートディレクター/プロジェクトマネジャー)
Aさん(アートコーディネーター)
Iさん(公共ホール職員/アートマネージャー)  

それぞれの活動背景

参加者からは、これまで携わってきた活動と、「アートのマネタイズ」というテーマに関心を持った背景が共有された。

アーティスト・イン・レジデンスの運営や事業設計に長年関わる立場からは、これまでファンディングや収益について十分に考える余裕がなく、まずは事業経費をどう確保するかに追われてきたという話があった。

文化施設や芸術祭の立ち上げ、行政や企業と連携した事業に携わる立場からは、アーティストと行政、依頼者と受託者など、異なる価値観や言葉を持つ人々の間を調整することが仕事の中心でありながら、その調整や企画自体の価値が認識されにくいという課題が挙げられた。

子どもや保護者を対象に活動する立場からは、文化芸術を一部の愛好者だけのものにせず、生活に近い場所へ広げたいという思いが語られた。その一方で、助成金に依存せず活動を続ける方法が見つからないことや、参加費を受け取ることで場の関係性が変わってしまう難しさも共有された。

公共ホールで働く立場からは、公共施設だからこそできる事業がある一方で、職員自身にマネタイズや文化芸術の価値を説明する意識が十分に育っていないという指摘もあった。文化芸術とあまり関わりのない市民や関係者に対して、価値をどのように言語化し、説明していくのかという課題が提示された。

1.収益を生み出す以前に、経費を確保することで精いっぱいになっている

文化芸術の現場では、「収益を上げる」という段階以前に、助成金や補助金、入場料、参加費などによって、まず必要な経費を確保することに多くの労力が使われている。

助成金を得られたとしても、必要な経費をすべて賄えるとは限らず、不足分を主催者や制作者が負担したり、無償労働によって補ったりすることも少なくない。

そのため、文化事業におけるマネタイズは、利益を生み出す仕組みというよりも、「赤字を出さずに活動を続けるにはどうすればよいか」という防衛的な課題として捉えられがちである。

特に、助成金が採択されるかどうかによって活動の実施そのものが左右される状態では、継続的な事業設計や人材育成が難しい。毎年の申請や報告に労力を使いながらも、その経験が次年度の安定した予算へ直接つながるとは限らない。

マネタイズを考えるためには、収入を増やす方法だけではなく、助成金を前提とした現在の運営構造そのものを整理する必要がある。

2.企画や調整、関係づくりの労働が見えにくい

文化事業では、アーティストの出演、作品制作、会場費、材料費など、目に見える成果や支出には予算が付いても、その前段階にある仕事が評価されにくい

具体的には、地域や関係者のリサーチ、企画の立案、企画書の作成、アーティストの選定、行政や企業との調整、チームづくり、契約、広報、トラブル対応などである。

これらは事業を成立させるために不可欠だが、依頼する側からは、「アーティストに直接頼めば実施できるのではないか」と考えられることもある。そのため、企画者や制作者が間に入る意味や、専門性が理解されない場合がある。

企画そのものでは予算を認めてもらえず、必要な人件費や作業時間を積み上げることでしか金額を説明できないこともある。その結果、本来であれば企画の質を高めるために使いたい時間が、予算を成立させるための実務に吸収されてしまう。

また、企画書やアイデアが無償で提出され、その内容だけが別の事業に流用されてしまった経験も語られた。

文化芸術分野では、「思いつき」と「専門的な企画設計」の区別が曖昧なまま扱われることがある。企画や編集、コーディネートを明確な専門業務として位置づけ、その対価をどのように説明するかが課題となっている。

3.発注者と受託者の非対称性

行政や文化施設と民間団体が仕事をする際、形式上は協働事業であっても、実際には発注者と受託者、元請けと下請けのような関係に固定されやすい。

行政側が予算、スケジュール、成果目標を決め、民間側が限られた条件の中で実施を担う。その一方で、現場で発生する調整やリスクの多くは、受託する側が引き受けることになる。

事業が計画どおり実施されたか、来場者数が目標に達したかといった形式的な確認は行われても、なぜその企画が必要なのか、地域や参加者にどのような変化をもたらしたのかについて、発注者と受託者が対等に議論する機会は少ない。

一方で、行政が抱える課題に対して、地域のアートNPOや文化団体を単なる業務の受託者ではなく、課題を発見し、解決方法を一緒に考えるパートナーとして位置づける事例も紹介された。

文化芸術のマネタイズを考えるうえでは、単に事業費を増やすだけではなく、依頼側と実践側の関係性や、契約のつくり方自体を見直す必要がある。

4.アーティスト・イン・レジデンスは、収益化と距離のある事業である

アーティスト・イン・レジデンスは、アーティストの創造活動を支援することを主な目的としており、奨学金や研究助成に近い性格を持っている。
そのため、レジデンス事業そのものから直接利益を生み出すことには、構造的な難しさがある。

施設利用料を徴収する方法や、空き家やスタジオを地域外のアーティストに貸し出し、その収入を運営費に充てる方法もある。しかし、アーティストが利用できる価格を維持しようとすれば、大きな収益は期待できない。

レジデンスでは、多くのアーティストが滞在し、自主的にイベントや交流の機会を生み出している。仮に、それらをすべて主催事業として実施すれば、多額の事業費が必要になる。

行政側から見れば、限られた施設運営費によって多数のイベントが生まれていると評価できる。一方で、イベントの多くがアーティストの自主的な活動によって支えられているとすれば、それを成果として強調することが、アーティストの無償労働を正当化してしまう危険もある。

低コストで多くの成果が生まれているという評価と、アーティストへの搾取が起きているという評価が、同時に成立してしまう。この矛盾をどのように捉えるかは、今回の対話でも明確な答えが出なかった重要な論点である。

5.作品ではなく、アーティストという人と社会が出会う価値

アーティスト・イン・レジデンスの特徴として、完成した作品が存在しない段階から、アーティストが地域や社会と関わることが挙げられた。

美術館や劇場では、多くの場合、観客は作品を見る目的を持って会場を訪れる。これに対してレジデンスでは、アートを鑑賞するつもりがなかった人も、地域に滞在するアーティストと偶然出会い、制作やプロジェクトに巻き込まれていくことがある。

その人は当初「観客」ではなくても、対話をしたり、地域の情報を提供したり、材料を集めたりすることで、次第に協力者や関係者になっていく。

作品と観客の出会いではなく、アーティストという人間と地域の人が出会うことで、新しい関係や行動が生まれる。この「予期していなかった出会い」や「巻き込まれ方」は、レジデンス事業に固有の価値の一つとして共有された。

ただし、この価値は来場者数や作品数では測りにくい。誰がどのように関わり、その後どのような変化が生まれたのかを、別の方法で記録していく必要がある。

6.文化事業が生み出している、文化以外の価値

文化芸術の活動は、作品制作や鑑賞機会の提供以外にも、地域にさまざまな影響をもたらしている。

例えば、長期間使われていなかった公共施設をアーティストの滞在拠点として活用することで、夜間も建物に明かりが灯り、公園のトイレが利用できるようになり、冬には除雪が行われる。結果として、周辺地域の安全性や生活環境が改善される。

これは文化芸術事業の成果であると同時に、地域安全、公共施設活用、まちづくり、住民サービスなど、別の政策分野の成果としても捉えられる。

また、地域外からアーティストが継続的に訪れ、地域との関係を持つことは、一般的な観光とは異なる「交流人口」の形成にもつながる。

これまで文化事業では、来場者数、参加者数、作品数などが主な成果指標として使われてきた。しかし、それだけでは、地域に起きている実際の変化を十分に説明できない。

文化芸術の価値を社会へ伝えるには、文化分野だけの評価指標ではなく、まちづくり、観光、教育、子育て、福祉など、他分野で使われている指標を借りる必要があるのではないかという意見が出た。

一方で、すでに多くの実務を抱えている文化事業の担当者が、さらに地域経済や観光、社会的効果の測定まで担わなければならないことへの強い負担感も語られた。

評価や翻訳の必要性は理解できても、それを現場の実践者だけに追加することは、新たな疲弊を生む可能性がある。

7.文化施設は、誰のための場所になっているのか

文化施設では、長年施設を利用してきた芸術愛好者や友の会の会員が、主要な利用者として想定されやすい。

そのため、年間の公演や展覧会も、すでに文化芸術に関心を持つ人の期待に応える内容が中心となり、子どもや若い世代、子育て中の保護者など、新しい利用者に向けた事業は「余った予算」や「ラインナップの隙間」で行われることがある。

しかし、文化施設が将来にわたって必要とされるためには、すでにアートが好きな人だけではなく、「文化施設が自分の生活に関係している」と感じる市民を増やす必要がある。

未就学児と保護者を対象に、文化施設の平日午前中に、アーティストのいる遊び場を定期的に開く構想が紹介された。

公演や展覧会を鑑賞する以前に、文化施設が子育て中の親子にとって自然に訪れる場所となる。そこでアーティストと出会い、その後、そのアーティストが施設で発表する作品にも関心を持つ。そうした小さな関係の循環をつくることができないか、という提案である。

この構想は、文化施設の利用者拡大にとどまらず、子育て支援、親子のコミュニケーション、アーティストの活動機会、若いアーティストが子育てをしながら働く環境など、複数の課題と接続する可能性を持っている。

8.参加費を取ることで、場の関係性が変わる

子どもと保護者を対象とした活動では、参加費を設定することへの葛藤が語られた。

参加費を受け取れば、活動の運営費を確保でき、助成金への依存を減らせる可能性がある。しかし、参加者がお金を支払うことで、「サービスを提供する側」と「サービスを受け取る側」という関係が生まれる。

アーティストと参加者がフラットに同じ場で過ごし、一緒に何かを発見することを大切にしている活動では、この関係の変化が活動の本質を損なう可能性がある。

また、活動には、現在の教育や子育てのあり方に対して、別の可能性を提示する側面もある。主催者側から社会へ問いを投げかける活動であるにもかかわらず、その問いを受け取る当事者から参加費を得ることに違和感があるという意見もあった。

「価値があるのだから利用者が支払うべきだ」という単純な受益者負担の考え方では解決できない。活動によって利益を得るのが参加者だけではなく、文化施設、自治体、地域社会、将来の文化環境でもあるならば、誰がどのように費用を負担するのかを改めて考える必要がある。

9.アートの裾野を広げることと、質をどう考えるか

社会の中にアートとの接点を増やそうとする中で、「何でもアートになってしまう」という問題も挙げられた。

近年は、創造性、体験、ワークショップといった言葉への関心が高まり、子ども向けの体験講座などにも多くの人が集まる。一方で、短時間の制作体験や、技法を教えるだけの講座も「アートワークショップ」と呼ばれ、その内容や目的が十分に検討されない場合がある。

この状況に対して、アートの質や、活動を担うアーティストの専門性をどのように考えるかという問いが出された。

活動を依頼する際には、技術の高さだけでなく、「なぜ作品をつくるのか」「自分にとってアートとは何か」を、アーティスト自身が考え、言葉にできることが重要ではないかという意見があった。

一方で、専門家が「これが正しいアートである」と一方的に教えることも、参加者を遠ざける可能性がある。

アートを知らない人に対して、知識を与える側と教えられる側という関係をつくるのではなく、同じ地平で出会い、それぞれにとってのアートを一緒に考える余地を残すことが必要ではないかという意見も出た。

裾野を広げることと専門性を守ることは、単純な二者択一ではない。多様なアートのあり方を認めながら、活動の目的や質をどのように共有していくかが課題となる。

10.収入を増やすことだけが、マネタイズではない

今回の対話では、マネタイズを作品販売や参加費、チケット収入だけで考えない視点も共有された。

アーティストやアートワーカーの生活を支えるには、収入を増やすだけでなく、住居費や制作場所の費用を下げること、社会保障を充実させること、安定した契約や雇用をつくることも重要である。

海外では、アーティストとして一定の条件を満たすことで、社会保障や住居面での支援を受けられる制度や、舞台芸術分野の労働者を守るユニオンの仕組みなどが存在する。

そうした制度をそのまま日本へ移せるとは限らないが、アーティストが作品を売ることでしか生活を支えられないという前提自体を問い直す材料になる。

また、生活コストを下げる、住居や活動場所を共同で確保する、地域の資源を共有するなど、貨幣収入以外の方法によって活動を続けやすくする可能性も挙げられた。

アートを現在の市場経済の仕組みに適応させるだけでなく、文化芸術の実践を通じて、現在の経済や生活の仕組みそのものを問い直す視点も必要ではないかという問題提起があった。

11.公共ホールとアートワーカーの持続可能性

公共ホールは、民間事業では採算が取りにくい舞台芸術や文化事業を実施できる重要な存在である。
しかし、施設の老朽化や自治体財政の悪化により、閉館や統廃合が進む一方で、新しい施設が建設されない地域も増えている。

公共ホールで働く職員も、必ずしも安定した専門職として雇用されているわけではなく、人事異動によって突然別分野の担当になることもある。長年文化事業に携わってきた経験が、組織内で専門性として蓄積されないことも課題である。

行政の文化担当者も、文化芸術を専門的に学んだ人ではなく、数年ごとの人事異動によって配属された職員である場合が多い。

その状況で文化芸術の価値を継続的に共有していくには、専門知識のない人にも理解できる言葉や評価材料を、文化芸術側から提供する必要がある。

一方で、説明の負担を文化芸術側だけが担うのではなく、行政内部にも文化芸術の専門家を配置し、政策や事業を長期的に考えられる体制をつくる必要があるという意見も出た。

12.ロビー活動や政策への働きかけ

文化芸術の関係者は、個別の現場では多くの努力をしているが、政策や制度を変えるための働きかけが弱いのではないかという指摘もあった。

アートの価値を理解する市民を増やすことに加え、行政、議会、企業、財団など、予算や制度を決める人々に対して継続的に説明し、関係をつくる必要がある。

日本では、文化芸術分野の人々がロビー活動を行うことへの抵抗感も強い。しかし、個々の事業者が助成金の申請を繰り返すだけでは、制度そのものは変わらない。

文化芸術の価値や、現場が抱える労働環境の問題を可視化し、関係者が連携して社会へ伝えることも、広い意味でのマネタイズの一部として考えられる。

対話から見えてきた「アートの価値」

後半では、それぞれがアートに惹かれた経験や、なぜアートを必要だと感じるのかについて話した。
具体的な一作品というよりも、作品やアーティストとの出会いによって、これまでの世界の見方が変わった経験を挙げる人が多かった。

アートには、固まっていた価値観を揺らしたり、自分が当然だと思っていた前提を壊したりする力がある。
作品を見たことによって、それまで知らなかった社会問題に関心を持ち、本を読んだり、調べたりするきっかけが生まれることもある。

また、既存の施設や都市空間の使い方を変えるアートプロジェクトに触れ、「こんなことをしてもよいのか」「社会には別の可能性があるのではないか」と感じた経験も共有された。

アーティストは社会の空気や変化を敏感に捉え、それを作品やプロジェクトとして先に表すことがある。そのため、アートに触れることは、現在とは異なる未来や社会のあり方を想像することにもつながる。

子どもを対象とした活動では、アートが表現技術を学ぶ時間というよりも、何もしないこと、自分で選ぶこと、否定されないこと、他者との関係をつくることを経験する場になっているという話があった。

参加者とアーティストが、教える側と教えられる側に分かれるのではなく、同じ場でそれぞれの探求を続ける。そこでは、誰かの表現が別の人の表現を誘発し、表現や発見が場の中を循環していく。

今回の対話からは、アートの価値として、次のような要素が見えてきた。

  • 固まった価値観や思考を揺らす
  • 世界の見え方を変える
  • 知らなかった社会や問題への関心を生む
  • 日常では出会わない人や状況と出会わせる
  • 自分や他者を肯定する関係をつくる
  • 正解のない状態に留まる力を育てる
  • 社会や未来の別の可能性を想像させる
  • 観客ではなかった人を、協力者や関係者へ変えていく

ただし、これらの価値は一つの言葉や数字にまとめられるものではない。

アートの価値を分かりやすく伝える必要がある一方で、単純な経済効果や教育効果だけに還元すると、アートが本来持っている多様性や予測不可能性が失われる可能性もある。

今回の対話から見えてきた実証や検討の種

今回の対話では、今後掘り下げる可能性のあるテーマがいくつか見えてきた。

文化施設における、未就学児と保護者のための定期的な場

文化施設の平日午前中やロビーなどを活用し、アーティストのいる遊び場を定期開催する可能性について。

文化施設の利用者拡大だけでなく、子育て支援、親子関係、アーティストの仕事づくり、施設への愛着形成など、複数の価値をどのように組み合わせられるかを検討できる。

日常の中にアーティストがいる仕組み

児童館、公民館、保育園など、地域住民が日常的に訪れる場所に、アーティストが継続的に関わる仕組みを考える。

作品やワークショップを提供するだけでなく、アーティストという人が地域に存在し、利用者と時間を共有すること自体の価値を検証する必要がある。
※一部地域では実例もあり。

アーティスト・イン・レジデンスの価値の可視化

イベント数や滞在者数だけでなく、公共施設活用、地域安全、交流人口、住民との関係形成など、別分野の指標を使ってレジデンスの価値を整理する。

同時に、アーティストの自主的な活動を、無償の成果として利用しすぎていないかも検証する必要がある。

企画・編集・調整業務の価値と契約

文化事業の企画、リサーチ、コーディネート、パートナーシップ形成などを、どのように専門業務として定義し、対価を設定するかを考える。

企画書やアイデアの取り扱い、知的財産、行政と民間の契約関係なども関連する。

文化芸術と他分野をつなぐ評価・翻訳

文化事業によって生まれる変化を、教育、福祉、観光、地域づくり、経済など、他分野の人にも共有できる形にする。

ただし、評価業務を現場に一方的に追加するのではなく、評価や翻訳を担う人材やチームの必要性も考える。

生活コストと社会保障

アーティストやアートワーカーが生活を続けるために、収入を増やす以外の選択肢を検討する。

住居、制作場所、保険、年金、雇用、契約、ユニオン、共同利用など、活動を支える環境全体をマネタイズの問題として捉える。

現時点で見えてきたこと

今回の対話では、「アートのマネタイズ」という言葉が、作品を売ることや利益を増やすことだけを意味していないことが改めて確認された。

参加者が抱えている課題は、それぞれ異なる。
作品や事業をどのように販売するかという課題もあれば、企画や調整の仕事に対価を付ける課題、文化施設を新しい市民に開く課題、助成金依存から抜け出す課題、アーティストの生活環境を整える課題もある。

その一方で、共通して見えてきたのは、
文化芸術によって生まれている価値と、その価値を生み出すために費やされている労働が、現在の予算、契約、制度、評価の中で十分に認識されていない
という構造である。

 

文化芸術の価値が社会に伝わっていないという問題は、単なる広報不足ではない。

誰が価値を受け取っているのか、誰が予算を持っているのか、誰が契約を決めるのか、誰が労働やリスクを引き受けているのか。
その関係を整理しなければ、価値を説明する言葉だけを増やしても、現場の持続可能性にはつながらない。

今後は、それぞれの現場で起きている具体的な事例を持ち寄りながら、文化芸術の価値をどのように翻訳し、予算や制度、社会的な循環へ接続できるのかを考えていく必要がある。

同時に、社会に説明しやすい価値だけを残すことで、すぐには成果が見えない時間、予測できない出会い、役に立つかどうか分からない表現まで切り捨てられないように注意する必要がある。

今回の対話は、何らかの成功モデルや結論を提示する場ではなかった。

それぞれが異なる現場で抱えてきた悩みを共有することで、それらが個人の能力や努力の不足ではなく、文化芸術を取り巻く構造や制度の問題でもあることを確認する機会となった。

また、分野や地域を越えて同じような課題を持つ人々が出会い、互いの実践や知識を持ち寄れること自体が、このプロジェクトがつくり得る価値の一つとして見えてきた。

一回の対話で答えを出すのではなく、それぞれが無理のない距離感で関わりながら、一年間を通じて問いと実践を積み重ねていく。
その最初の時間となった。

※本要約は、当日の発言内容をもとにAIを活用して作成し、森嶋拓(スパークプラグ・アライアンス)が内容を確認・編集したうえで、参加者の確認を経て公開しています。 

アートのマネタイズを考える一年間とは?

「アートのマネタイズ」を、作品を売ることや収益を上げることだけに限定せず、表現活動を社会と接続し、持続可能な形で続けていく方法として考える一年間のプロジェクトです。

アーティストやアートワーカー、企業、行政、地域、教育・福祉関係者などが問いや実践を持ち寄り、対話やヒアリング、小さな実証実験を通して、新しい活動の可能性を探っていきます。

活動の一覧はこちら
https://artkids-net.com/am1/

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